最新のマンモグラフィとは

新しいマンモグラフィが登場し、続々と導入されています。

3Dマンモグラフィ、デジタルマンモグラフィなどと
呼ばれる機種が既に実用化されていますが
価格も少しお高く、音がうるさいとのことで、ヘッドホンをして
30分〜1時間ほどうつ伏せのままだそうです。

それでもこれまでのものと比べて
画像が鮮明で、わかりづらい若い方の場合でも
腫瘍の発見率が高いそうです!

さらにこれを進化させるマンモグラフィを
開発している日立製作所によりますと、

360℃の方向から超音波を照射し、
音波の反射を360度の方向から取得する
リング状の超音波デバイスを用いて自動スキャンを行う

そんな機種を実用化に向けて開発中とあります。
参照したニュースリリースは2017年5月ですので
期待が高まります。

これまでのマンモグラフィは、ガラスのような板で
乳房をギュ〜〜〜っと挟んでいくため
痛みを伴う場合がありましたが、

この開発中のマンモグラフィの使い方は、
まず、ベッドにうつ伏せになったとき胸に当たる箇所に
穴があいていて、そこへ片方の乳房を入れます。

穴の中は、水が満たされた容器になっていて挟むようなことは全くなく、
音波によって自動スキャンされる仕組みとなっています。

いいですね!楽ですね!
これなら痛みを気にすることなく気軽に検査を受けられます。

また、これまでのマンモグラフィは、
微量ですが放射線の被ばくもありますが
この開発中の機種はその心配もありません。

さらに喜ばしいことですね。

加えて、乳腺内の微小な石灰化も可視化できるとあって
初期がんの発見が高まります。

360℃というのも画期的です。
検査者の熟練度も必要ない、
微量な腫瘍も発見できる、
計測時間も短縮される、

簡便・無痛・高精度な乳がん検診の実現をめざしています。
と言われる通り、素晴らしいものですね。

日立製作所さん、完成をお待ちしています!
posted by 乳がん研究室 at 00:00 | マンモグラフィ

非浸潤(しんじゅん)性乳がんの疑い

非浸潤(しんじゅん)性乳がんについて再度調べてみました。

初期がんではありますが、最初から非浸潤性乳がんと診断されるのは大変難しいそうです。

組織を調べたり、手術などを行った後、非浸潤性乳がんであった と診断・確定されることになるそうです。

また、命にかかわることはないとのことですが、がんはがんですので、見つかった時点でしっかり治療していきましょう。
浸潤してしまうと危険度は増します。初期のうちの徹底治療が肝心です!

また初期がんといっても、最悪の場合、乳房全摘出なども必要ともなりますので甘く見てはいけません。

先にも述べましたが、「非浸潤性乳がん」と診断されることはほぼなく、「非浸潤性乳がんの疑い」となります。

では、検診を受けて「非浸潤性乳がんの疑い」と診断されたら何をするべきか。

それは、生検を必ず受けて、組織を調べることです。

「非浸潤性乳がんの疑い」から「「非浸潤性乳がん」と診断が確定されるまで、もしも手術を勧められたとしても待ちましょう。

手術しなければ判らない、という場合は別として、「疑い」ですので結果を待ちます。


いろいろ調べていると、経過観察で〇か月後に再検査〜ともし言われたら、私ならすぐ別の病院へ行って検査してもらいます。

そのくらい慎重かつ行動力が必要だと真剣に思います。

なぜなら、有名人の乳がんのケースを数名調べてみましたが、
初期だとしてもその人その人の進行具合や、たまたま見つかりにくい場所だったりといろんなケースで治療の遅れがありました。

進行が早いと1か月、2か月の遅れが重要になります。
早め早めに行動したいですね!!
posted by 乳がん研究室 at 00:00 | 非浸潤性乳がん

南果歩さん 乳がんのケース

50代前半の南果歩さんの乳がんは「ステージ1」でした。

「ステージ1」の乳がんとは、
・2cm以下のがん
・リンパ節に転移していない状態

治療は一般的に、乳房の一部を切除する
「乳房温存術」という手術を行います。

再発率は1割以下、生存率は10年後で90%ほどで
初期の乳がんとなります。

直感で受けた人間ドックで発見されたそうです。

早期発見で、ほんとに良かったですね。

手術のあと、抗がん剤治療やホルモン療法をやっていたけど、
これをやめて糖質制限などの代替治療を行っている

とネットで流れると、小林麻央さんが標準治療を拒否して
代替療法を行ったため手遅れになった、とされているため

同じ代替治療を選んだ南果歩さんへ
批判の声が殺到したとのことですが

南果歩さんの場合は、ステージ1であり、
病巣も乳房温存術で切除できており、

主治医と相談の上、変更されたそうです。

現代医療を拒否、否定したわけではないんです。

ただ、抗がん剤治療やホルモン療法など、
薬を使うにはどうしても「副作用」があります。

副作用の度合いは人によって様々で、
軽くすむ人もいますが
南果歩さんの場合はちょっと辛かったそうです。

手足のしびれやめまい、高血圧などで
床に臥せった状態が続いたため、
治療の変更を主治医に相談した、ということだそうです。
(文春オンラインより)

想像でしかありませんが、かなりお辛かったのではと
思います。

さらに南果歩さんは、セカンドオピニオン、サードオピニオンまで
受けておられ、慎重に検討を重ねて治療を変更されたそうです。

素晴らしい行動力ですね。
主治医への遠慮もあり、
なかなかセカンドオピニオンすら行く人が少ないのに
サードオピニオンまで重ねています。

セカンドオピニオンを受ける際には、
検査結果などの資料を持参することを
ほとんどの場合要求されます。

南果歩さんの主治医の方は、
この要求に対して、嫌な顔ひとつしなかったそうです。

この主治医の方は、大学病院の女医さんで
南果歩さんは「本当に心強い存在」と語られたそうです。

こんな関係性を築ければ、その後も安心ですね。



★ここで大切なこと・・・・・

自分も「ステージ1」だから代替治療に変えよう。

このような考え方はやめましょう!


「ステージ1」の再発率は1割以下、ですが、
1割の方は再発しているのも確かです。

リンパ節や他の場所に転移となると
なくなるケースにも発展してしまいます。

症状や進行はその人それぞれですから、
しっかり診断を受けて、ご自身の身体と向き合って
治療を進めましょう!!

南果歩さん、旦那さんの浮気にも打ち勝ってください!^^;
posted by 乳がん研究室 at 00:00 | 乳がんになった芸能人

麻木久仁子さん 乳がんのケース

麻木久仁子さんは、2012年48歳のとき
左右両乳房に乳がんを発症。

ステージ0で再発率の少ない非浸潤がんでしたが、
担当医からは切除をすすめられ
手術を受けられました。

しこりができる前の早期発見でしたが
それでも手術を行い、

その後は再発防止のため
左右30回ずつの放射線治療等を受け、

53歳の現在でもホルモン治療を続けていらっしゃいます。

薬は毎日飲み、三ヶ月に一度くらいのペースで
診察を受けていらっしゃるそうです。

あと1年は頑張って続ける、と
前向きに取り組まれていらっしゃいます。

乳がんの位置は、左右とも乳輪近くにあったため
目立たないよう乳輪に沿って目立たないよう切り、
患部を切除するという手術でした。

女性にとって、乳房に傷が入るというのは
それはショッキングなことですが、
麻木久仁子さんの場合は、へこみはあるものの
見た目は目立たないようにしてくれたそうです。

麻木久仁子さんは、乳がんを告知されたとき
突然で、かなりショックを受けたそうです。

「自分の胸は小さいので関係ないと思っていて
 自覚症状もなかった」

と語られています。

胸の小さい人は乳がんにならない
なんて全くの誤解です。

麻木久仁子さんといえば、
クイズ番組などで活躍され、
とても聡明な方でいらっしゃいますが
どこかで聞きかじったのか
勘違いされていたのか

もし同じように思っている方がいれば
乳がんに関しては胸の大きさは関係ありませんので
検診は必ず受けてくださいね。

麻木久仁子さんは、ご自身のブログで、
乳がんを発症したことで

“それまでの生き方や考え方をがらっと変えさせられた
まずは食生活から見直してみよう” と

「薬膳」の勉強を始め、国際薬膳師の資格を取り、
インスタで毎日のようにメニューの写真をアップし、
薬膳の効能も伝えてくれてるそうです。

さすが聡明な方ですね!
これからも楽しく歳を重ねたいな、
とおっしゃっています。

前向きな姿勢に元気をもらえました!
posted by 乳がん研究室 at 00:00 | 乳がんになった芸能人

山田邦子さん 乳がんのケース

お笑いタレントの山田邦子さんは、

テレビ朝日系の「最終報告!たけしの本当は怖い家庭の医学」
(現在は「名医とつながる!たけしの家庭の医学」)
に2007年4月に出演され、

この番組内での検診をきっかけに
乳がんを発見されました。


当時の年齢は1960年生まれの47歳。


左乳房に1つ、右乳房に2つと
腫瘍は3個もあり、
2度の手術と10年に渡る闘病を経て
2017年現在では、病状は治まっているとのことです。

腫瘍の大きさは「小指の先ほど」ということですので
1cmあるかないか、といったものでしょうか。

ステージを公表されたかどうかは
調べが付かなかったのですが、
手術は部分摘出である乳房温存術で行われたことも
含めて考えると、ステージ0、
あるいはステージ1で早期発見かと推測します。

放射線治療とホルモン治療も受けらています。

病状は治まったとはいえ、
2017年8月に出演された
「徹子の部屋」で、

“がんって元気になっても

『今日で終わり』というふうに行かない。

せきや熱が出たりすると再発したのかしら?

転移したのかしら?

という気持ちがずっと続く。

これががんの正体です。嫌になっちゃうの。

ほかの病気だったら

『おめでとうございます。完治しましたよ』

って言うじゃないですか。

それがないんですよ。”


と、再発の不安がなかなか消えない思いを
語ってらっしゃいます。


乳がんだけに限らず、
がんを患った全ての方が、
ずっと胸の内に抱えてらっしゃることと思います。

そんな気持ちを抱えながらも、
2008年には芸能人チャリティー合唱団
「スター混声合唱団」を団長として結成。

同年、ご自身の経験を綴られた
「大丈夫だよ、がんばろう」を出版され、

がん撲滅活動に精力的に取り組まれていらっしゃいます。
山田邦子さんならではの
ステキな明るさが伝わってきます。

今後の活動については、
「検診しましょう、早期発見しましょうと伝えるのが私の使命」

と、女性誌のインタビューで応えらています。

当ブログも、全くその通りです。

!検診しましょう、早期発見しましょう!

とくに30代から下の若い女性は、
日本では40歳から検診が義務づけられていますが

積極的に検診していただきたいです。

若年性の乳がんは進行が早く、
命の危険が高まります。

山田邦子さんの発症年齢は、冒頭にもお伝えしましたが、
47歳で、年齢的に若年性ではありません。

治療も終わり、病状も治まっているものの、
それでもまたいつ再発するか。。。

これがずっとついて回るとのことです。
この心配も、最小限におさえるためには

兎に角、早め早めの検診です。
posted by 乳がん研究室 at 00:00 | 乳がんになった芸能人

平松愛理さん 乳がんのケース

シンガーソングライターの平松愛理さんは、
子宮内膜症と乳がんをダブルで克服されています。

若い頃から子宮内膜症を患い、
ご自身の著書、「ゲキツー!!子宮内膜症との闘いの日々」
を、2001年に綴っていらっしゃいます。

そんな大変な経験をされた
平松愛理さんの乳がんのケースを
経歴とともに追ってみました。

・1964年生まれ
・1989年:24歳のとき子宮内膜症を発症
・1992年:「部屋とYシャツと私」ミリオンヒット
・1994年:結婚
・1995年:阪神・淡路大震災 神戸の実家倒壊
・1996年:女児を帝王切開にて出産 その後子宮内膜症再発
・2001年:子宮摘出
・2002年:38歳のとき乳がん発症 音楽活動休止
     乳房温存しつつその後計8回の手術と放射線治療を受ける 
・2004年:音楽活動再開「部屋とYシャツと私2004」リリース
     闘病手記「部屋とYシャツと『私の真実』」発表
・2005年:円満離婚 

さっとまとめてみましたが、壮絶です。

若い頃から激痛と闘い、ご実家が震災にあい、
乳がんも発症し、放射線治療の影響かどうか
はっきりと原因は明かされていませんが
一時は声も出なくなったそうです。

ミュージシャンとして、どれほどコワかったか
想像できません。

2015年には阪神・淡路大震災復興支援ライブ「KOBE MEETING」の活動が
認められ、神戸大使を委嘱されています。

毎年復興支援ライブを行っていたそうで、
勝手な想像ですが、
ご自身が辛い経験をされているからこそ
被災された方へ少しでも何かしたいとの
思いが強かったのではないでしょうか。

平松愛理さんの乳がんのステージは、
調べてもわからなかったのですが、
部分切除で乳房温存手術を受けられたそうです。

38歳で発症し、8回の手術を受けたということは、
再発を繰り返したと考えられます。

2017年現在、平松愛理さんは50代前半で
お元気で、声も出ています!
音楽活動はソロ歌手としてはもちろん、
他の方への楽曲提供もされているそうです。

音楽への愛や、音楽の力を感じます^^

詳細なデータは判りませんでしたが、
病気と闘いながら、人の為にも闘う姿に感銘をうけました。

これからも歌い続けて欲しいです!
posted by 乳がん研究室 at 00:00 | 乳がんになった芸能人

生稲晃子さん 乳がんのケース

1968年生まれの生稲晃子さんが
乳がんの告知を受けたのは2011年。
40代前半です。

たまたま受けた人間ドックで、
マンモグラフィでは異常は見つからなかったのですが、
超音波検査で異常が発覚したそうです。

「ステージ1」で腫瘍は8mmと小さく
初期の乳がんでした。

初期といっても、生稲晃子さんの場合、
それからの4年8ヶ月間に
2回の再発と5回の手術を経験されています。

2017年までずっと公表されずにいらしたので、
驚きを隠せませんでした。

乳がんが見つかったとき、出演されていたテレビ番組
『ちい散歩』が健康番組であったことから
“公表して迷惑をかける訳にはいかない”
との思いで、周囲にもだまっていたとのことです。

術後もすぐに仕事をし、着替えのときなどに
腕が痛みで思うように動かず、
「四十肩で・・・」とごまかしていらしたそうです。

最初に再発したときは、命の危険も考えてしまい、
身体の痛み以上に、周囲に嘘をついていることもあわせて
精神的につらかったと語られています。

生稲晃子さんの乳がんのケースは、
2011年3月に乳がんが見つかり、
同年5月に左乳房温存手術、
同年8月に1ヶ月かけて放射線治療
2012年12月に右胸に再発
その後再再発を繰り返し、右乳房全摘出、再建手術を受けられました。

その体験をつづった『右胸にありがとう そして さようなら』を出版されています。

全摘しなくてよい治療法を
ご主人と探されたそうですが、
娘のために命を優先しなければ、と
主治医の方にも説得され、
右乳房全摘手術を選ばれたそうです。

娘さんは、この5〜10歳の間、誰にも乳がんのことを
言わなかったそうです。

旦那さんに対する思いなども
著書にご家族のことを綴られていらっしゃいます。

放射線治療やホルモン剤治療、定期的な検診を続けても
再発、再再発となり、これを乗り越えるのは
ほんとに大変だったと思います。

「ステージ1」で、腫瘍8mmでも
このように繰り返し再発が起こるケースもある乳がん。

生稲晃子さんはじめ、
乳がんを患ってしまった方々の経験談を有り難く拝聴し、
自身のために活かしたいですね。
posted by 乳がん研究室 at 00:00 | 乳がんになった芸能人

北斗晶さん 乳がんのケース

北斗晶さんは、2015年9月に乳がんであることを公表されました。
お茶の間の人気者だけに、衝撃が走りましたね。

現在は復帰され、テレビでもよく拝見しますが
北斗晶さんの乳がんはどのようなものなのでしょうか。

「ステージ2 b」極めてステージ3に近い。
と、術後、ご自身のブログで語っていらっしゃいます。

一般的に「ステージ2」は、
・2cm〜5cmのしこりがある
・もしくはリンパ節への転移が疑われるもの
とされています。

ステージ2は、a期、b期の2種類に別れています。
ステージ3は、c期まであります。

北斗晶さんは、しこりの大きさ2.5cm、わきへの転移あり
の状態でした。

手術は、右乳房全摘出手術で、わきの腫瘍も除去され、
放射線治療を行ってらっしゃいます。
また、わきの手術を行ったことで、
右手の動きが鈍く、リハビリもされてらっしゃいます。

毎年秋頃に乳がん検査と婦人科検診を欠かさず
受診されていたそうですが
気づいたときにはしこりが2.5cmになっていた・・・

若いほど進行が早いとされる乳がんですが
北斗晶さんは1967年生まれですので、
乳がんが見つかった2015年は40台後半。

若い・・とは言えませんが^^;
お身体は若さいっぱいな感じです。

闘病中もブログで明るい話題をアップされ、
病気を感じさせない気丈ぶりに感銘しました。

その間、テレビCM(台所シンクの洗剤)などは
放映続行されてましたので
見るたびに、がんばって〜 と祈っておりました。

2016年11月より、仕事復帰されましたが
治療は続けていらっしゃるそうです。

担当医の方から、
胸だけなら5年生存率は70%、
わきまでいったら50%と言われたそうです。

「怖いけど、負けないように頑張る」と
意気込みを語られた北斗晶さん。

乳がんに限らず、がん検診を毎年受けているのに
がんになってしまった、
という話しはたまに聞きますね。

では、どうすればよいのでしょうか。

北斗晶さんのケースは、乳頭の真後ろ、という
早期発見が難しい場所であったことと、
進行の早いタイプであった可能性、
この稀なふたつが重なったためと考えられます。

また、北斗晶さんは、検診から半年後に
胸にチクッとした痛みが
うつぶせになったとき感じたとのことで、

予期せぬケースもあるという認識を持って、
小さな異変を見過ごさないよう
するしかないのかな、と思います。

難しいですね。
大げさに考え過ぎ、とスルーしてしまいますよね。

そこを一歩、行動する力を持てれば、、と思います。
posted by 乳がん研究室 at 00:00 | 乳がんになった芸能人

小林麻央さん 乳がんのケース

歌舞伎俳優 市川海老蔵さんの妻でフリーアナウンサーの小林麻央さん、

あんなに外見も心も美しくて
人もうらやむ旦那さんと可愛いお子さんが2人いて

日本中が涙した訃報でしたね。

“「34歳の若さで、可哀想に」
「小さな子供を残して、可哀想に」
そんなふうには思われたくはありません。

なぜなら、病気になったことが
私の人生を代表する出来事ではないからです”

これには心打たれました。

もし自分だったら。
こんな風に言えるだろうか、
神様を恨み、嘆き、苦しむのではないだろうか、

そんな思いを抱きました。

小林麻央さんの乳がんのケースは、
週刊新潮によると
2014年2月にしこりが見つかる
2014年10月に生検で乳がんと診断される

この後1年と4ヶ月は空白の期間となり、
明らかではないのですが、
標準的な乳がん治療を行っていなかったようです。

ウェブサイトのビジネスジャーナルによると、
2014年2月に人間ドックで「五分五分で乳がん」と指摘されたが
再検査の後、経過観察となった、とあります。

今更言ってもですが、五分五分ならすぐに生検するべきだと思いました。
麻央さんは若いですから、進行も早いはずです。

「授乳中のしこりなので心配ない」「半年後にまた検査を」
と言われたらしいのですが、
35歳以下の方は特に、すぐに詳しく診てもらいましょう。

通常、乳がんの発症はゆっくりなため、
乳がん検診は2年に1度となっていますが
検診結果が少しでも疑わしい場合、若い場合はすぐに!!!

そして2016年2月、別の病院に移るも
医師と夫婦側のコミュニケーションが不調で
手術まで至らなかった。とあります。

何が起こっていたのでしょう。

そして同年6月に、市川海老蔵さんが初めて記者会見を開き、
麻央さんは乳がんで、病状は深刻と話されました。

その後の麻央さん自身のブログで
がんは全身転移のステージ4であることを書かれたのです。

進行性の場合、他の部分に転移していると
手術が難しくなることがあるようですので
しかも、年齢は35歳未満となると
「若年性」となり、進行スピードも早いと言われています。

2016年11月に英国BBC放送から「今年の100人の女性」に選ばれました。
“前向きに生きる姿が、がんと戦う人々をはじめ、世の中に勇気を与えた”
という理由でした。

ほんとにその通りで、計り知れない辛さを前向きに生きることに変え、
ご自身のブログで発信され、
そんな麻央さんのブログ読者は250万人に達していたそうです。

2017年6月 逝去

訃報を聞いて、すぐにこのブログにアップすることは
できませんでした。

きっと空から
ご家族を見守ってらっしゃることと思います。。。
posted by 乳がん研究室 at 00:00 | 乳がんになった芸能人

芸能人で乳がんを発症した女性たち

乳がんになった芸能人の方は、
ニュースでもよく見聞きしますね。

克服できる方、残念ながらお亡くなりになった方が
たくさんいらっしゃいます。
小林麻央さんが亡くなられたのはまだ記憶に新しく、非常に悲しい衝撃を受けました。

★芸能人で乳がんを発症した方をまとめてみました。

北斗晶さん、山田邦子さん、平松愛理さん、
小林麻央さん、麻木久仁子さん、
生稲晃子さん、樹木希林さん、
田中好子さん、アグネス・チャンさん、
川村カオリさん、南果歩さん、内海桂子さん、
島倉千代子さん、綾戸智恵さん、森光子さん、
しばたはつみさん、海老名香葉子さん、
園まりさん、赤木春恵さん、宮崎萬澄さん、
倍賞千恵子さん、大空真弓さん、泉アキさん、
音無美紀子さん。。。

海外では、
キャシー・ベイツ、マルチナ・ナブラチロワ、
ジェーン・フォンダ、シェリル・クロウ、
シンシア・ニクソン、カイリー・ミノーグ、
アナスタシア、オリビア・ニュートン・ジョン、
イングリット・バーグマン。。。

ざっと調べただけで、こんなにいらっしゃいます。

日本では、食の欧米化が大きな原因とされていますが
乳がんにかかる率は、現在14人に1人と言われています。

どんどん確率が高くなってきて
女性なら誰しも気になる病気のひとつといえますね。

私自身もコワいな...と思いつつ、お風呂で旨をモミモミして
うん、大丈夫だな、と楽観視していますが
そろそろ検診を受けないといけません!

自分だけは大丈夫という、
どこからくるのか判らない自信は棄てて
マンモグラフィに乳房を挟みにいきましょう。



posted by 乳がん研究室 at 01:05 | 乳がんになった芸能人